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僕は雨降る夜を散歩する。

アメリカ大学生の僕が、僕らしさとかっこよさを追究していくブログ。

クラスのグループ発表会が大盛り上がりだった話。

アメリカ大学

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アメリカの学生は授業に積極的だ。

よく発言し、活発に意見を交わし合う。

 

よくそういうことがささやかれます。

確かにそうだけど、思ったほどではないな、と感じていたのですが、

今日のグループ発表会では活発に質問が飛び交い、笑いあり涙あり?の大盛り上がりだったので、

アメリカの大学でのデスカッションがなぜこれほどまでに盛り上がるのか考えてみました。

 

 

 

 

発表会までの道のりは長かった

なぜ1セメから取ってしまったのだろうか、と何度も後悔しながら受けていたCritical thinkingの授業は今日で終わりを告げました。

あとは課題を3つほど出して、Finalを受けておしまいです。

 

今日のグループ発表会は、学期全体をかけて行われていた課題の総まとめだったのです。

『地域と寿命の関係性を研究しながら、専門とはなにか、を考察する』

という感じのテーマでやってきたわけですが、まあ長かった。

 

大量に学術資料を読み漁り、5ページほどでそれらをまとめることから始まり、さらにそこではカバーできなかった部分はAnnotated Bibliographyにまとめる。

最後に、調べた地域が近いもの同士集まって、これまでの研究報告書を作って発表、だったわけです。

 

Annotated Bibliographyて何?って方はこちらをどうぞ。

black-black225.hatenablog.com

 

グループ発表の準備はそこまで大変じゃなかったんですけど、発表会って言ったらクラス前に出て一人一人原稿を読みながら、みたいなものだと思っていたので、

いやでもしゃべらないといけない状況に追い込まれる!ってビビってました。笑

 

 

想像とは違った発表形式

発表形式は想像と全然違いました。

 

グループ代表一人がOpening statementといって簡単にこれまでの研究成果の報告をしていきます。

9つのグループがあったので、9人だけ前に出るのです。

 

前に出るといっても、堅苦しい発表会、という感じではなく、後ろ(聴衆側)に向いている一番前の席に座る、という。

 

順に、研究報告を終えたら、聴衆側からの質問の番です。

適当に質問がある人から質問していきます。

 

もうわかりますね。一言も発さない人(僕)がいても特に問題なく進むのです。笑

 

 

かなり大盛り上がりの発表会はとても楽しかった。

積極的に聞く側に回った僕ですが、めちゃくちゃ楽しかったです。

 

質問がポンポン出てきます。

聴衆側が質問しなければならない、というルールもないので、前にいる代表者が別のグループの代表者に質問を浴びせることもありました。

 

そしてそれに受け答えをしていく。

 

中国の平均寿命をテーマにしていたグループは『闇っ子』にも焦点を当てていたのですが、その話題になれば、「まじかー」「うわあ・・・」「ちょっと待って!---はどうなるの!」などなど質問以外にも様々な発言が飛び交います。

 

全然殺伐とした雰囲気なく、和やかで笑いの絶えない発表会でした。

 

一人一人が発言しているから、楽しくなる。

 

でもそれだけじゃない。

 

そう感じたので、なぜあんなにも盛り上がりのある発表会となったのか、理由を考えてみました。

 

 

質問の展開の仕方がうまい

聞いていて思うのが、質問が上手なのです。

 

「質問が出ないのは、発表者が悪い」

とか言われますが、そうなのかな?と思わせるくらい彼らの質問はかなり考えられていると感じました。

 

普通、発表者の言ったことの範囲で質問を考えようとします。

 

でも彼らは違います。

例えば、「ロシアの平均寿命はーーーで、その原因である治安について考察した。」という趣旨で話しても、

「じゃあ、将来はどう変わっていくと考えられる?」

「健康に関してはどうなの?」

 

ちょっと展開された質問が飛び出すのです。

 

しかも無理な範囲じゃない。

研究は事実確認ではなく、将来への寄与や貢献、というようなベースから、たとえ研究”報告”であっても、将来性を問う。

治安の悪化は健康を害する可能性があるから、そちらの方面からの見方はどうなっているのか。

 

質問者が発表内容をじっくり考えたうえで質問しているのが見てとれます。

 

 

そして返答は質問に沿う形である

彼らは質問に対して綺麗に返答します。

先ほどの「ロシアの平均寿命の将来は?」という質問に対しては「ーーーだから、向上すると考えられる。」などと返すのです。

 

高校時代の国語の先生が

「質問に合う形で返答しなさい。テストでも議論でも。」

とよくおっしゃっていたのですが、まさにそれができているのです。

 

だからめちゃくちゃわかりやすい。

 

そして、絶対に論点からずらさない。

ちょっとそれつつあるかな、と思っても最後には綺麗に戻ってくるのです。

 

話を追っていたら、ずれつつあったけどいつの間にか戻ってきてた!

これには驚かされました。

 

日本の国会なんか、絶対に戻りませんよ。笑

 

質問にきちんと答える形で返答しているからこそだと思います。

 

 

だから誰も置いてけぼりにならない

議論についていけなくなるってことがなかったです。

 

僕はそれで大丈夫かよってくらい英語がダメダメなんですけど、問題なくついていけました。

これもひとえに興味深く展開された質問と綺麗なかたちでの返答のおかげだと思いま

す。

 

さらに、発言に対してうなずいたり、「oh my gosh」だのなんだの反応があるのです。

聞いている、という姿勢を積極的に作ることでおいていかれないし、発言する人も落ちついて言葉を発せているのです。

 

 

質問が飛び交うのになぜうるさくならないの?

びっくりするんですけど、それぞれが発言するのに、複数のひとが同時に思いのままにワーワーしゃべってうるさくなることがありません。

 

教授が指名したりという場面もなきにしもあらずですけど、かぶったら自然とどちらかが譲り、ちゃんと話を聞くのです。

 

「空気よめてる」

 

先ほども書いた通り、聴衆も反応を見せます。でもやっぱりうるさくはならない。ひとりでに話し始めたりしないんですね。

 

聴衆から発言をするときはきちんと質問者となるのです。

 

でかい独り言にはなりえないんですね。

 

 

そんな中だんまりで大丈夫なの?

発言を一つ一つチェックして点数をつける教授だったらダメでしょうけど、僕が受けていたクラスは点数と発言回数を直結させないので大丈夫です。

 

「話さない=聞いていない、考えていない」

 では決していないのです。

 

現に僕以外にも発言をせずにいた子が何人かいました。

でも、ちゃんと反応は示すのです。

 

僕だって面白かったら笑いましたし、へー、とか、ほー、とか、ん?とか反応してますよ。

発言は確かにしていないけど、参加していないわけでは決してないのです。

 

まあ、ただ時間を過ごしただけかどうかはまだ残っている課題のうち一つで確認できますし、大した問題じゃないのです。

 

 

楽しかったけど、やっぱり発言したいかも・・・?

楽しかったですよ。

めちゃくちゃ興味深い内容ばかりでした。

 

発言せずとも、充実した時間だったと思います。

 

発言したらもっと楽しかったかな?って思ったんですけど、それは違うかも。

自分が発した意見や話題に火が付くのに面白さを見出す人が多いと思うんですけど、そういう面でしか参加ができないわけじゃないな、って思います。

 

実際に教授は考えてる子にどう?って話を振ってくれますし。ケータイさわって明らか話聞いてないような奴に話を振りはしません。

 

僕は発言するしないに関わらず、勉強になったし楽しめた。

 

彼らの質問や返答がうまいせいもあったろうけど。あとは周りの空気もかな。

 

まあ「発言こそが参加の表れだ」みたいなところもあるんで、次こういう場面があったら言葉発したいと思いまーす。

 

 

 

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